磯野家の暗黒時代2






「オラァ!!おい金はねえのか?」

ガチャーンというガラスの割れる音が響き渡る。
ノリスケがコップを床に投げつけたのだ。

「あなた・・・もうお金なんて全然残ってないのよ」
タイコは震えながら、ノリスケに言った

「あぁ!?ふざけんなよ。これから競馬があるんだぞ?さっさと金を出さねえか!!」
6年前からノリスケは変わってしまった。
これまで真面目に出版会社に勤めていた彼も
今では無職の博打と酒に狂ったダメな人間へと変貌していた。

当時、ノリスケはイササカ先生以外にも何人かの小説家の担当をしていた。
そして、そのうちの1人の女性小説家へのセクハラが明るみに出てしまい、
結局それが原因で出版会社を解雇されることとなった。

会社を辞めてからのノリスケは就職活動をして
仕事もしたが、どの仕事も長続きすることが出来ず、
労働意欲がなくなってしまった。
そして博打、酒に溺れる生活になっていった。

ブルブルブルとタイコは震えていた。
ノリスケは酒をかっくらい、何かというとすぐにタイコに暴力を振るった。

「お!!な〜んだ。こんなところに金があるじゃねえか。」
ウヒャヒャヒャと下品な笑いをあげながら
タンスから預金通帳を見つけ出すノリスケ

「ダ、ダメよ。ノリスケさん・・・そのお金はイクラの学費なのよ!!」
「アホか。俺はな、この金を軍資金を使って競馬で稼いで来てやろうとしてるんだ。」
「そんな!もう競馬なんてやめてちょうだい!真面目に働いて!ノリスケさん」
「うるせえ!俺がこの家の金をどう使おうと勝手だろうが!!!」

バシッとタイコを殴りつけるノリスケ。
タイコは泣き崩れる。

この険悪な雰囲気の中、
ガチャとドアが開かれる。イクラが帰ってきたのだ。
「ハ〜イ」
何も知らないイクラは無邪気な笑顔でタイコのところへ歩いてくる。

「ノリスケさん。あなたが毎日家庭を荒らすから、イクラは・・・イクラは今だに・・・言葉を・・うっうっ・・」
イクラを抱きしめ、タイコはまた泣き出した。

「チッ!イクラが言語障害なのは俺のせいじゃねえだろ。」
少しは良心に痛みを覚えたのか、逃げるようにノリスケは外へ出て行った。

7年という歳月は磯野家以外にも、波野家にも大きな変化を及ぼしていた。
悪い家庭環境が原因でいまだにイクラは喋ることが出来なかった。
そして無職で博打に狂ったノリスケのおかげで借金が増え、一度自己破産も経験した。
だが、その後もノリスケは働くことをしないで毎日フラフラしていた。
今はタイコがパートで稼いだわずかなお金で生活をしているのだが・・・


「イクラ、ママはこれからパートのお仕事に行かないといけないの。
また1人でお留守番だけど・・我慢してね」
優しくタイコは言うと、仕事の仕度を始めた。

「・・・・ハーイ・・・」
うなづくイクラ。
イクラはよく1人で留守番をしていた。夕食は毎日のように孤独であった。
まだ8歳のイクラには親のやさしさ、ぬくもりが欲しい世代である。
だが、ワガママを言ってタイコを困らせてはいけないと理解していた。

だからタイコがパートに出かけるときはいつも笑顔で見送った。
そして、この日もタイコに笑顔を見せ明るくタイコを見送った。
本当は寂しいのに笑顔で見送った・・・

タイコが仕事に出かけ、イクラは1人きりとなった。
することがないイクラはテレビをつけて見ていた。

そんな時、玄関から「ピンポーン」というチャイムの音が響き渡った。
「ハーイ」
イクラは誰だろうと思って玄関へ向かった。

・・・ガチャ・・・・

ドアを開けると、そこにはタラオがニヤニヤしながら立っていた。

「よお。イクラ。俺と遊ばねえか?」
ずっと1人で時間を持て余していたイクラは
「ハーイ」
と2つ返事で誘いに乗った。

「とりあえず、外に出ようぜ。」
タラオはイクラを外に誘い、二人は外に出た。
この時、イクラにランドセルを持ってくるようにタラオは指示した。
なんでランドセル?と不思議に思ったイクラだが、黙ってランドセルを持ってきた。


ここはデパートの中

タラオとイクラは御菓子売り場にいた。
タラオは周りに人がいなくなるのを確認すると
「おうイクラちょっとランドセル開けるぜ」
そう言うと、イクラの背負っているランドセルを開き、
売り場の御菓子を片っ端から詰めこんだ。
「やっぱりポテトチップスはかかせねえよな」
どんどん詰めるタラオ。

そのとき
「な、何をしてるの?アンタたちは!!」
買い物カゴをもった40代くらいのオバサンがタラオの万引きの現場を見たのだ。

「くそ・・ババァがでかい声で・・さっさと逃げるぞ!!」
タラオは「チッ」と舌打ちをすると、
持っていたコーラのペットボトルをオバサンに投げつけた。
「ギャア」とオバサンに命中させると、そのスキにタラオは逃げ出した。
そしてその後をイクラも着いて行く。

「待ちなさい」
とコーラまみれになったオバサンは追ってくるが、なんとか2人は逃げのびた



デパートから逃げ出した二人は、公園のベンチに座っていた。
「あっはっはっはっは!いや〜あのババァざまーみろだな!!」
タラオはそういうとイクラのランドセルから御菓子を取り出した。
そして、いくつかイクラに御菓子を手渡す

「いいか。イクラ、俺たちは共犯だ」
ニヤリと笑うと、盗んだポテトチップスを食べ始めた。

イクラは悪い事をしているという自覚をしていた。
だが、タラオを裏切るわけにはいかなかった。
確かにタラオは近所でも評判がよくない。
しかし、イクラにとって唯一といってもいい遊び友達であった。


「そんじゃイクラ、またな!」
ポテトチップスを食べ終わると、タラオは帰っていった。
もう夕方である。
普通の小学生なら家に帰って食事を待つ時間だ。
けれどもイクラは家に帰ろうとしなかった。
なぜなら家にはタイコはまだ帰っていない。
ノリスケは帰っているかもしれないが、どうせ酒を飲んでるだろう・・
そんな父親の姿など見たくない。

だからイクラはタイコが帰って来る時間まで家に帰りたくなかった。
そんな時間を持て余すイクラがゴミ箱の上に何かを見つけた。

それはスケッチブックだった。
ちょうど鉛筆もある。
そこでイクラはベンチに座って絵を描いてみた。
今思ってること、考えている事をなんとなく絵にしてみた。

「坊や、絵が好きなのかい?」
後ろから声がする。
振り返ってみると、ちょっと小太りの中年の男が立っていた。
その男はニコニコと笑っていた。そして

「どれどれオジさんに見せてくれないかな?」
イクラはニコっと笑うと、そのオジさんに絵を見せた。



「・・・・これ、坊やが描いたのかい?」
オジさんは、イクラの絵を見ると驚きの声をあげた。

「ハーイ!」
イクラはうなづく。

「ぼ、僕は画商をしているんだが・・・すばらしい。こんな小さな子がこんなスゴイ絵を描くなんて・・」
これがオジさんとイクラの衝撃の出会いであり、
これより後のイクラの人生を大きく変える出来事でもあった。





続く  








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